経験の貧困

今日は横浜ひがし・おやこ劇場の全大会に参加した。
Mr.横浜こどものひろば、事務局長Oさんのお話が興味深かった。

この会の目的は子供たちの

経験の貧困からの脱却

コミュニケーションの回復
なのだ。

私は経験の貧困という言葉に衝撃を受けた。

簡潔な、でも、これ以上に日々私を不安にさせている状態を述べる言葉はなかったからだ。

教室で、生徒たちは、教科書の英語が分からないだけじゃない。
内容を日本語に翻訳してあげても、知らない、経験がないから分からないという生徒が増えているのだ。

「本を読んでも何が何だか理解できないから、この5年間1冊も本を読んでいない」という高校生にどうやって英語を教えたらよいのだろうかと悩まずにいられない。

本を読んで内容が理解できないのは、小さな実体験の積み重ねがないからだ。
寒さ、暑さ、湿度、匂いを含む場面が想像できないからだ。

私は塾の先生だから、勉強の大切さは譲れない。
でも、机上の学びと実体験の学びは同じ質と量を与えないと子供の健全で幸せを感じられる心は育たないと思う。

この15年間、息子にどれだけの物を与えてこられたか、分からないが、
おやこ劇場を11年続けてきたことを振り返って少し安堵している自分がいる。


大変面白かったのでこちらもご一読ください。
ガウェインの結婚
スポンサーサイト

テーマ : 中高生の親
ジャンル : 学校・教育

コメントの投稿

非公開コメント

五感の鍛練

コミュニケーションの手段が、発達すればするほど、
入手の便利さ vs. 人体が受ける情報量(質も)
とに関連がある事に気づいてる人がどのくらいいるのか。

星新一が「声の網 」で書かれた世界が
今現実的に展開されてる…。

リアルがすべてとはいわないが
(イマジネーションの豊かさと、すべて紐つくとは思わない)
世の中すべてが、手のひらサイズで理解できる、
なんて思っているのなら、その人は
もったいなさすぎるなぁ…

と思う私は旧人類なのかも。

Re: 五感の鍛練

カミオカんでぇ 様

経験し無ければだめだとは言わない。
すべてを経験するなんて無理だから。
でも小さな経験でもその積み重ねがないと想像力が育つきっかけすらも得られないと思うのです。

人が人らしく幸せに生きるのに一番必要なものは想像力だと思うのです。
愛も想像力だと思うのです。相手が何を必要としているのかから愛は始まるからです。

見て聞いて、臭いと温度と湿度を感じて、皮膚で感じる体験。
他者から認められる誉められる批判されるという経験。

四角いスクリーンは与えてくれません。

子供にこれらの経験を与える初期のきっかけを作れるのは親だけです。
子供が九つになるまで頑張れば、あとは三年見守れば中学生からは自分でやれるようになるもんだと現在感じています。

そして、親一人ではできないとも思っています。
おやこ劇場とか舞岡の農作業ボランティアとか沢山の大人の手を借りてきています。
おやこ劇場って私の中では観劇をする価値の割合より、仲間がいる場所であるって割合のほうがずっと高いのです。
sidetitleプロフィールsidetitle

SuzyHill

Author:SuzyHill
仕事と介護の合間に手芸をしたり、昭和レトロな食器を探したり。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR